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また別れの季節が近づいてきて、特に学生のアイドルを応援している人は、心なしか少しだけそわそわしているようです。進級、進学、就職など、私生活の転機をきっかけに、「卒業」するアイドルが多いからです。
地上(メジャー)のアイドルも、女優やタレントに転向したり、なんとなく年齢に制限を感じたりして、いつまでもアイドルでいようとすることは稀です。そして、主に女性アイドルが、グループから脱退したり、活動を辞めたりすることを「卒業」と呼びます。アイドルは基本的に途中経過の職業です。現在の女性アイドルは、人数も個性的な子も多く、学校のような雰囲気が増していますが、アイドルには“アイドルという名の学校”から卒業して、何かになっていく定めがあります。
地下アイドルを名乗る私も、インタビューでは決まって、「将来何になりたいですか?」と聞かれます。私は子どもではなくて、地下アイドルなのですが、つくづくこの仕事は最終地点でないことを痛感させられます。現にほとんどの地下アイドルが、ほかの職業へのとっかかりや、将来の目標を探す期間として活動しています。
アイドルの卒業と解散を粛々と伝える「Good bye, Idol」というアカウント名のツイッター(@goodbyeidol)を見ていると、毎日、いくつものさよならが流れてきます。アイドルの卒業、解散や脱退が、毎日どこかで行なわれているのは知っていましたが、きちんとまとまった情報で見ると、胸に迫るものがあります。世間には知られない、女の子達の決意や事情がそこにはあります。
先日も複数のアイドルが出演するライブに出演したら、全11組中、3組が引退ライブを控えていて(他の何組かもすでに解散、引退済みでこの日だけの出演)、改めて静かに驚きました。モーニング娘。’16や、AKB48メンバーの卒業が日々報道されていますが、地下アイドルはさらに卒業&解散&活動休止ラッシュです。SNSを利用して誰でもアイドルになれる前代未聞の状態が、大量に若い女の子を地下アイドル業界に流入させているからです。そして彼女たちの多くは事務所の縛りが緩い(もしくは所属してない)ことから、ライブで歌い終わった後に、突然「今日で引退しまーす!」と報告する人を何人か見たことがあります。
卒業にも、グループや事務所からの卒業と、業界からの卒業(引退)があります。
先日、アイドルユニットGirls Beat!!からの脱退を発表した加護亜依さんのように、ソロアイドルとしてさらに飛躍し前進するために環境を変える場合と、規約違反などで解雇される後ろ向きな場合があります。事務所やメンバーとの対人関係がうまくいかないという理由もあるでしょう。
規約違反の内容は、ファンとプライベートな連絡を取ったり、恋愛をしていたり、SNSで問題発言をしたり、ツイッターに裏アカウントを作る等々です。ぼうっとしているうちに仕事がなくなって自然消滅したり、もう売れないだろうと見切りをつけて去って行く冷静な人もいます。
引退するきっかけは、進級、進学、就職など、私生活の転機が最も多いです。結婚(隠して続ける人もいますが)、出産(バレないように産んで続けている人もいましたが)もあるでしょうし、地方への引っ越し、親孝行を理由に引退する人もいます。
最近は、病気が理由で引退や活動休止を発表する地下アイドルが増えているように感じます。持病の場合もありますが、ストレスから症状が出る人もいます。病気の場合、ライブの高揚感が辞めたい気持ちに歯止めをかけて、卒業を決断するまでに悩む期間も長いそうです。
活動休止したまま、二度と戻ってこない子もいます。大人から、大きい仕事や、売れそうなグループ結成の話を持ちかけられて、準備のために活動休止したまま戻ってこない子を何人も見ました。
反対に辞めても辞めても、何度でも名前を変えて、グループを変えて、戻ってくる子もいます。音信不通になっちゃう子もいます。私自身も、4年前に地下アイドルを「卒業」するはずでした。
19歳の誕生日を翌日に控えたワンマンライブを最後に、私は地下アイドルを辞めようと思って活動休止ししました。あのときは本当に疲れ切って満身創痍でした。複雑な対人トラブルもありましたし、何よりも私生活の自分が、公の自分に殺されていく感覚に耐えられませんでした。技術よりもイメージが大事な地下アイドル業は、どれだけ自然体で活動していても、どこかで無理が生じます。人付き合いも大事で気が抜けず、帰宅してからもSNSは更新しないといけない焦りがあり、ライブは非日常的な躁状態で、良くも悪くもストレスがかかりました。
それでもいま地下アイドルとして活動しているのは、落ち着いて、自分ではない自分を楽しめるようになったからです。活動休止後の私は、自分を、姫乃たまという乗り物で、地下アイドル業界にやってきた旅行者であると考えるようになりました。そうすると肩の力が抜けるのです。しかし、あくまで乗り物を操縦しているのは自分なので、自然と、公の自分が私生活の自分と一致しました。その結果が、今日です。
私がインタビューで、「なるべく長く地下アイドルでいたい」と答えるようになったのも、今年になってからです。誰のことも排除しない、懐深い地下アイドルの世界がどうなっていくのか、身を持って体験したいと思っています。
アイドルは恋愛対象として語られがちですが、娘のような存在にも近いと思います。どこかに行ってしまっても寂しいし、ずっといられるのも心配でしょう。私がずっと地下アイドルでいようとしているのは、ファンの人にとって、いまは嬉しくても、いつか心配事になると思います。
地下アイドルになったからには、卒業してほかの場所へ羽ばたくのが、ファンにとっても本人にとっても理想なのかもしれません。それが人前に出るような仕事だったらさらに嬉しいことかもしれませんが、正社員になって充実した生活を送っている人も、結婚出産を経て幸せになっている人もいます。
先日共演したうち、ふたりの引退ライブは、数日前に終わりました。ライブハウスの前にはファンから贈られた「ご卒業おめでとう」と書かれた大きな花がありました。